0人が本棚に入れています
本棚に追加
そんな日々が、ある日突然終わった。
湯船に体を付けて、
ぼんやりと問題について考えていた。
時間と空間の移り変わりの式から見直していた。
そこから出発した思考は、
次々と他のアイディアと結びつき、
視点が次々に移り変わっていった。
それは道筋を辿れないほど、跳躍を繰り返した。
俺の意識は風呂場から離れて、
ずっと遠くの記憶の奥のところにいた。
30年前のある日。
俺と親友は、他に誰もいない教室で
中学生向けの科学誌を広げて話をしている。
時間旅行について書かれたページになって、
親友はタイムマシンの夢を語りはじめる。
そんな親友を見て俺は、からかい半分で無理だと言う。
質量保存の法則。
質量は化学変化の前後で変化しない。
地球全体で見れば、全質量は変わらない。
もしタイムマシンが作れたら、
移動先で質量が増えるから、
科学的に無理だと俺は主張している。
言葉の上辺だけで、
その法則の本質を全く理解していない。
当時の俺を嘲笑する。
化学変化のルールを、
どんな状況でも使えると勘違いして・・・・・・。
《質量がないもの》
―――なんだ?
頭の中に文字が浮かんだ。
《質量のないものを》
―――こんなことなのか?
その言葉の後から理論が湧いて出てくる。
今までに考え抜いた様々な発想が、
互いをつなぎ合わせ補強し理論を作った。
糸は糾(あざな)われ、強固な紐になった。
《質量のないものを送れ》
意識が、湯に浸かった喉を震わせ、声を出させた。
「アルキメデスの話、あれは嘘だな。
こんな発見しても、風呂から飛び出して、
裸で走り回るほど興奮なんてしねぇよ。」
自分のこんな声を聞いたのは、数年ぶりか。
それからもう一度考えついた理論を確かめた。
間違いない。
これでいける。
確信があった。
これで『約束』を果たせる。
空気が抜けるような笑いが、漏れつづけた。
最初のコメントを投稿しよう!