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「コリャ酷いな」
目の前の惨状に、中澤篤志は眉を寄せた。
場所は工場地帯の古びた廃屋。おそらく社員寮か何かだったのだろうが、バブル崩壊後工場が潰れ、廃墟となったのだろう。この辺りには、そういった廃屋が軒を連ねていた。
埃の積もった床は今、多くの足跡で乱れている。それに紛れるようにして、赤黒いシミがそこここに散っていた。一つ一つに鑑識のマークが置かれている。シミを追って視線を動かせば、部屋の壁でそれは終わっていた。
その代わり、壁一面にまるでペンキをぶちまけたように散らばる赤黒い液体。
「ガイ者は?」
隣にいる後輩に問うと、彼は手帳を捲り頭を掻いた。
「それが、それらしい人物に該当がないんです。
発見者はここに住んでいるホームレス。本日早朝、彼が出先から戻ってきたら既にこの状態だったそうです。近隣の病院を調べましたが、現在それらしい該当者なし。これだけの出血量なので、被害者は相当な深手を負って動けないか既に死亡していると思われます。
これが誰の血液なのかは現在鑑定中です」
「っていうか、本当に人間の? 犬とかじゃなくて」
「はい。それは確かだそうです」
「そう」と呟いて、中澤は頭を掻いた。
はて、どこから手を付けたものか。
被害者を見つけるのが勿論最優先だろうが、いかんせん手がかりが少ない。聞き込みに回るにしても、もう少し情報が欲しい所だ。
さて困ったと後頭部を掻きながらふと床を見ると、女物の指輪が一つ落ちていた。埃をかぶっていない所を見ると、落ちたのはつい最近のようだ。手袋をはめ、拾う。手に取って見てみると、デザインは若い女性向きだ。中央にあるのはピンクトルマリンだろうか。妹が好きそうだ。
クルクル回しながら細部まで見渡す。
華奢なラインの内側に、微かにだが血が付いているのが見えた。
「中澤さん?」
後輩の問いには答えず、鑑識用の袋に指輪を入れてポケットにしまう。
「ガイ者が見つかんないことにはなぁ……とりあえず、目撃者洗おうか」
「分かりました」
廃屋のドアに向かいながら、中澤は小さく含み笑う。
とりあえず、先に行くところが出来た。
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