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河田彰は戸惑っていた。
被害者のいない血痕騒動で朝から現場に駆り出され、現在生死不明の被害者を見つけなくてはと意気込んでいたところで先輩刑事から付き合えと連れてこられたのは、現場からかなり離れた住宅街。その一角にある洋館に、先輩刑事は慣れた様子で入っていってしまった。いつの間に買ったのか、彼の手には有名ケーキ店の箱が握られている。
「な、中澤さん」
背を追いながら声をかければ、彼はインターホンを押した後肩ごしに河田を振り返った。
「何?」
キョトンとした顔に、河田は余計に戸惑う。
まるで、問いかける方が間違っているのではないかと思ってしまうほど、中澤は不思議そうな顔をしていた。けれど、けれど、ここはどう見ても個人宅。中澤の様子からして、聞き込みと言うわけでもないのだろう。しかしながら今は事件の調査中のはずで。と言うことはつまり、えっと、何だ。
混乱している頭では思考がまとまらず、河田は口をパクパクさせることしかできない。中澤はしばらく不思議そうに、そんな河田を見ていたが、ドアの開く音に視線を前に戻した。
つられて、河田もドアを見る。
中から出てきたのは、二十代後半ほどの女性だった。
緩くウェーブを描いている黒髪は短く、服装はハイネックにGパン。飾り気はないが、それが妙に似合っている。
彼女は、中澤を見ると小さく笑った。
「やっぱり中澤さんでしたか」
「らんちゃん、こんちー」
らん、と呼ばれた女性は「こんにちは」と返した後、河田に気付いたのか怪訝な表情を浮かべた。その視線に気づいた中澤が、軽く河田の背を押す。
「こいつ、後輩の河田。
河田君、この人は」
「鏑木藍です。藍色の藍で、ランと読みます。
宜しくお願いします」
無表情に近い顔で淡々と言って頭を下げる藍に、河田も慌てて頭を下げた。下げながら、中澤は一体この女性に何の用なんだろう、とふと考える。
「中にお入りください。ミヤビもじきに来ますので」
促され、中に入る。中澤の後について廊下を歩きながら、何やら家中で走り回るような音が聞こえるのに首を傾げた。中澤はと言うと、慣れた様子で、音がする方を見ながら「当たりだったかァ」などと意味の分からないことを言っている。
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