河田彰の場合

6/7
前へ
/9ページ
次へ
 無言で渡そうとする中澤に、しかし雅は首を横に振った。触りたくもないとばかりに顔を歪める。  彼女の指が、ヒタリと袋を指した。 「河田君」 「は、はい」 「今からお嬢が言うこと、聞き漏らさず全部メモってね」 「はい?」  問い返すより先に、雅の淡々とした声があふれだした。 「茶髪セミロングの女性。年齢は二十代前半。右の口元にほくろがあるのが特徴的。たれ目。フチ無しの眼鏡。当日の格好は白い春物のセーターにカーディガン、マーメイドのデニム地のスカート、ヒールの低いパンプス、色はベージュ。鞄はショルダー、サイズは小さめ。仕事用じゃないね。色は黒。右手首にシルバーのブレスレットをつけてる。石は無し。  凶器は近くにあった瓦礫。衝動的な犯行。凶器は多分現場近くの水路に落としていってる。  犯人は元彼。これは別れた後ストーカー化したパターンだね。執拗に復縁を迫ってた模様。だけどヨリを戻すのに失敗して逆上。後ろから何度も打ち付けてる」 「男の特徴は?」 「二十代半ば。髪は黒で、今はあまり手入れされてない。肩のあたりまで伸び放題。髭も剃ってないみたいだね。身なりに気を回す余裕がなかったのかな。当日はTシャツにGジャン、Gパン。寝不足なのか酷い隈がある。左手の甲に大きな傷跡がある。何か事故でもあったのかな。ガイ者の元バイト先で、同じバイトとして働いてた。辞めたのはガイ者の方が先だったみたい。今もそこに勤めてるかまでは読めない」 「な、る、ほ、ど。  ガイ者の家、分かる?」 「正確な場所までは地図がないと分かんない。でも、現場近くなのは間違いないよ。そんなに歩いてないから」 「了解了解。コレで範囲が絞れるわ。  ちなみに、今彼女どこにいるか分かる?」  中澤の問いに、雅は静かに首を振った。 「メモした?」と手帳を覗きこまれ、河田は何度も頷く。  言われるがまま雅の言葉を書いていったが、これは一体何なのだろうか。  いや、本当はどこかで気付いている。この言葉の意味に。しかし、それと結びつけるには、あまりにも謎が多すぎた。非現実的すぎた。  何故、雅はこんなにも具体的に様々な特徴を挙げることができたのか。  この指輪は一体何なのか。  そして、中澤は彼女に何を見せたのか。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加