冷蔵庫と傷心旅行

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オフィスを出るときにはまだ青かった空もホテルに着くころには群青色に濃さを変えていた。暗い地下駐車場へと車を埋める。都会的なコンクリートの空間にSUV車は浮いてる気がする。だって場内にはピカピカに磨かれた黒いセダンばかりが並んでいたから。そこからもこのホテルの客層が分かる。経済界であれ政界であれ芸能界であれ、まあ、VIPな人々が利用するホテルなのだ。急にドキドキしてきた。こんな庶民が仕事上がりに1杯ひっかけるような場所ではない。支度だって半袖ブラウスに濃紺のタイトスカートだ。髪形や顔に至ってはそれ以下だ。所長はよく、こういう庶民離れした店に連れていく。 所長は臆する様子もなく運転席を降りると助手席側に回った。ドアが開かれ、むんわりとした地下の空気とともに大きな手が差し出された。 「あの」 「ほら、つかまれ。スカートだと降りづらいだろう?」 「はい……ひゃっ」 「ちゃんとつかまれ」 断るのも変だし、私は右手を軽く乗せた。所長の大きく太い指と自分の白い細い指がものすごくアンバランスに見えた。でもすぐにがっしりと手をつかまれ、ぐいと引かれた。その瞬間に私の顔にぱふっと何かが当たり、視界は暗くなる。背中から腰のあたりに温かいものが回された。ふうわりと浮く体。カツンと踵に響くコンクリートの音。 視界は開けた。目の前には所長の肩。 どうやら抱きかかえて降ろされたらしい。そこまで子供じゃないのに。所長は私の腰に手を回したまま屈んで助手席に身を乗り出し、私のカバンを取った。 「ほら、行くぞ」 「はい」 そのまま私の腰を押し出してエスコートする。気分だけはVIPぽく?ということだろうか。壁側にあるエレベーターに向かい、開いたドアから乗り込んで、所長は私の腰から手を離すも操作パネル最上階の30を押した。ひゅうという音とともにドアが閉まる。なんとなくふたりで階数表示のパネルを眺める。所長はガタイがいい。背は180cmでたいがいの家庭用冷蔵庫と同じ高さだと自虐的なことを言っていた。胸板も厚くて二の腕も太ももも私のウェストくらいありそうで、シルバーの全身タイツを着てキッチンにいたら確かに冷蔵庫に見間違うかもしれない。 最新式のエレベーターはあっという間に最上階へと連れてった。正面には自動ドア、その向こうには濃紺の空が透けて見えた。出迎えたスタッフに所長は「予約した田上です」とスマートに告げる。
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