生はまこと水物に尽きる

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  「そのまま言っても かまいませんか」 「今さら、 回りくどくされても 困ります」 「……ですよね」 クリーム色の天井、 火災報知器のあたりに 視線を彷徨わせてから、 桃さまはまた息をつく。 さっきよりいくらか 重そうなその息に、 私まで緊張してしまった。 火災報知器が 気になっているんじゃないのは とっくにわかっているのだから、 早くその視線を 私に戻してくれればいい。 思った瞬間通じたのか、 桃さまの瞳が 私に向けられた。 「……めちゃくちゃにして、 壊してしまいたいなぁと 思いました。 僕のこの手で、 あなたを」 この人は一体どの口で、 無体を働いたことを 謝ってくれたんだろうか。 一瞬、ぜんぶ 忘れそうになってしまった。 わかるのは、 それでも彼の膝から 離れることができない、 このぬるい現実だけだった。 .
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