42人が本棚に入れています
本棚に追加
――由夢は浦来が万屋で働くことを良く思っていない。
命の危険がある仕事なんて早々に辞めて欲しいと思っているし、実際彼に何かにつけ辞めるよう言っている。
浦来の方はその度に「優子さんには恩があるからそんなことはできない」と返して、そこからはいつも平行線のまま話が終わってしまう。
由夢もまた、彼なりの事情があることを知っている――その事情が彼にとってどれだけ大事なことかも分かっているため、具体的な行動に出ることはできずにいる。
なので浦来は、由夢の前では極力万屋の話はしないようにしている。
それさえなければ、彼女は気の置けない相手だと思っているからだ。
「また?」
由夢の詰るような問いに、浦来は心中で諦めた。
万屋の話はしたくないが、かといって他に言いようもない。
リリィの正体は隠したうえで、ある程度説明しようと決意した。
「まあ、ね」
はは、と浦来は――これは由夢に対しては珍しいことだが――愛想笑いを返した。
もっとも、これはごまかしの意味が多分に含まれている。
「仕事をプライベートに持ち込まないのがポリシーじゃなかったっけ?」
以前同じような話をした時に、浦来はそう言って由夢を宥めていた。
その言葉をきちんと覚えていたということだろう。
「そう言われても、今回はこういう仕事だから」
「ふ~~ん。……あっそう」
返答こそしているが、その声音はそっちの話など聞く耳持たない、というものだった。
「それでそんな可愛い子のお世話任されたんだ。よかったね、万屋で働いてて」
誰にでも分かる嫌味だった。
可愛いかどうかは関係ない、と言おうとも思ったが、それでは火に油を注ぐだけだ。
返す言葉がない浦来を無視して、由夢はそこで一瞬リリィに目を向けた。
するとリリィは自分に用があると思ったのだろう。
「申し訳ありません」
開口一番にそう告げた。頭は下げることなく、いつも通りの機械音のように。
「えっ? ……えっと、あなたがどうこうって訳じゃないの、本当に。単に康太がだらしないから……その」
由夢は急に告げられた予想外の謝罪に困惑する。
最初のコメントを投稿しよう!