第二章

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 浦来の借りた部屋――二〇二号室は浴室、トイレ付の1DKだ。  部屋に上がって左手にあるトイレを素通りしつつ、まず浦来はポールハンガーに脱いだブレザーの上着を掛けた。  ダイニングキッチンを通り抜け、八畳間の自室に入ると、ネクタイを外して端に置いているベッドに置いた。 「ふう……」  システムデスクに備え付けの椅子に腰掛けた瞬間、今日一日の疲れが一気に押し寄せてくる。  しかし彼の緊張が解けていないのは、部屋に自分以外の存在があるからだろう。  もちろん本来『物』なことは彼も分かってはいるが、無意識下ではまだ構えてしまっている。  対してリリィは淡々と自分の役割をこなす。 「今日の予定を確認してよろしいでしょうか」  部屋の入り口近くに立って訪ねてくるリリィに対し、浦来は時計を見た。  午後五時半過ぎ。 「……えーと、特に無いかな」  強いて挙げるなら今日の報告を優子にすることぐらいだが、それは机のパソコンからメールでできることなので、あえて言うことはしなかった。 「分かりました。では御用があるまで待機します」  そう言って少女はその場を動かなくなった。  ――そうやって黙って立ってなきゃいけない時が、一番退屈できついんだよな。  過去に護衛の任務をしたことがある浦来は、彼女の姿を視界に捉えつつ考えた。  直近の危険が無い場合は、護衛は対象の傍で、直立不動で待機することになる。  ただ立っていればいればいい、ではなく、立ったままでいなくてはいけないのだ。  用がない限り動いてもいけないし、口を開いてもいけない。  もちろん頭の中で今後のシミュレートや考えられる危険の予測はしている――浦来の場合多くは交代の人間がいた――それでも一人あたり七、八時間ともなれば、辛さが前面に出てきそうになるものだ。  護衛を機械に任せるという発想は、そういう面では良いのかもしれない。  だが今回の場合は、本来かかるコストの割に危険が少なぎる。  優子は稼働データを取ると言っていたが、あまり役に立つものではないだろう。  その旨も報告すべきなのかな、と思いつつ、彼はパソコンを起ち上げた。
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