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「……待たせたな、浦来」
少年がバイクの元に戻って数分してから、背後から呼びかけられた。
映像越しで聞いた女の声で、彼の待ち人でもあった。
そして浦来というのが少年の名前。
浦来(うらき) 康(こう)太(た)。
「あ、優子さん。お疲れ様です」
そして女の名前は木下(きのした) 優子(ゆうこ)。
先程タンカー内で地獄絵図を作り出した人間である。
可愛いというよりは美人の部類に入る整った顔立ちに長身、細身。
紺のパンツスーツをきっちり着こなした、傍目にはキャリアウーマンという出で立ち(流石に運動して暑いのか、上着を脱いでいるが)、その格好でどうやってセキュリティを正面突破していたのか、浦来には謎だ。
特徴といえば、見た目に似合わぬきつい口調だろうか。
彼女は腰まで伸ばした、さらりとした黒髪をなびかせて、先程までの常人離れした動きで火照った体を、風に当てて涼ませている。
「また素手でやったのか」
優子は唐突に話を切り出した。声音から、やや呆れた様子が伝わってくる。
おそらくこちらに来る途中、浦来が気絶させたチンピラたちを見たのだろう。
「ええ。優子さんに教わった『護身術』、役に立ってますよ」
そう言う浦来の腰にはコンバットナイフが納められており、バイクの荷物入れには拳銃が二挺入っている。
「私としては、そろそろ銃とナイフの使い方を覚えて欲しいんだがな」
優子はため息混じりに呟くと、
「やめて下さいよ。一般人に武器の扱いなんて教えてどうするんですか」
対して浦来は冗談混じりに答えた。
「私の中の一般人は、銃を持ったヤクザ三人を秒殺しないし、命の取り合いの現場を見ておいて平然とした顔をしないんだがな」
彼女は軽口に皮肉を込めて返した。しかし、それは誰もが思うことでもあっただろう。
「流石に慣れましたよ、そもそも優子さんが俺をそう仕込んだんでしょう?」
と、彼はまるで何でもないことのように、さらりと言ってのけた。
その言葉に優子はフン、と鼻をならす。
「人聞きの悪い。お前が勝手に順応したんだ」
ここまでの流れは、もう何度繰り返したとも知れないやりとりだ。優子は特に気にした風もない。
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