0人が本棚に入れています
本棚に追加
頭蓋骨の輪郭が、薄く白い髪の向こうで曲線を描いていた。こめかみのくぼみ、頬骨、突き出した口、使い古された肌、硬く閉じられた目。その瞼が一瞬たりとも開くことはない。思い出す。病院のベッドでひくひくさせていた唇と瞼。母の手を握りしめながら回らない口で「おかあさん…おかあさん…」と呟いていた。口も回らなければ、脳も回らない。無意識に口を突いて出てきた言葉は「ありがとう」だった。母にどのくらいの意識が残っていたのか分からないが、閉じかけた瞼から一雫、もはや涙と呼ぶに相応しいのか判断し切れない涙が流れた。その瞬間、脳内に大きく「ああ、届いたんだ」と文字が浮かんだ。それが最後の雫となり、母は枯れ果てた。医者の非情な言葉、「ご臨終です」。
「ももちゃん、ももちゃん」
「えっ」
「お母様の唇に…」
そう言って、親戚のおばさんは赤く腫らした目で葬儀社の担当の人に視線を送る。四十代くらいのアイメイクばっちりの担当の人は決して笑わずに、親身に、
「はい、唇に水を含ませてあげてください」
と腰を折って、下から掬うように言った。
「あっはい」
担当の人の胸に付けている名札が見えた。「有賀」。「佐々木さんを担当させて頂きます、ゆうが、と申します」。担当の第一声が蘇る。
最初のコメントを投稿しよう!