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南国で良く見そうな大きい葉と、水を入れた小鉢を載せた銀色に輝くプレートを有賀さんが差し出している。葉を一枚取って、丸めて水を掬う。そのまま薄く化粧が施されている口元に葉を傾けて水を垂らす。水は無言で唇の上を流れる。まるでそこは何の変哲もない、ちょっと凹凸がある壁のように。私はお辞儀をして葉をお棺の中にそっと入れる。
「では、ご遺族様とお近い方からお水を唇に含ませてあげてください」
厳かに、今にも震え出しそうな声で言った。親戚のおばさん同士が身を寄せ合って、互いに支え合って前へ出る。
「お疲れ様、お疲れ様……」
「ありがとう…」
口元をハンカチで押さえて喉から声を絞り出して言う。頭、お顔を優しく触る人。お顔を涙で溢れた目で必死に見る人。お母さん、なんで死んじゃったの。私、一人になってしまったよ。心の中に出来ていた冷たい水溜まりが深く広がり始める。お母さん。一人にしないで。耐えず、ほとんど用済みとなったハンカチを目に当てる。それでも最後の時まで母の顔を目に焼き付けようと、ハンカチを顔から離す。その時、私は違和感と体を温めてくれる灯とも言える、何か温かいものを感じた。なんだろう。もしかして、お母さん。そう希望を抱いてお棺を見るが、「これじゃない」と感じた。会場を見渡す。ふっと会場の後ろで佇む有賀さんに目が止まった。私は面食らった。彼女の目は仄かに、赤く潤んでいたのだ。
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