ありがとう

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母の死から一年が経った。ようやく今の家から引っ越す決意が出来た。母が眠っているお墓から少し離れることになるが、それも込みで今日は報告だ。空は澄んでいて、雲一つない。風が優しく肌をなで、その度に揺れる半袖が二の腕に心地良い。  柄杓で墓石に水をかけていると、水の音に混ざって足音が聞こえてきた。足音の方を見遣ると、二十代後半と思われる、ワイシャツにスーツを片手に持った男性だった。普段、お参りをしている時に誰かと鉢合わせすることは滅多にないので、妙に気になった。と、鞄の中でブーブーと携帯が振動し始めた。男性から視線を外し、鞄の中から携帯を取り出す。静寂にバイブ音が響く。非通知。誰?電話に出ようとしたら、ちょうど切れてしまった。なに、いたずら電話?するとすぐにメールが届いた。ボタンを押す。知らないアドレス、件名はなし。なんなの?本文を開く。そこにはこう書かれてあった。  あれから一年が経ちましたね。お元気ですか?自分のことなので、あまり、元気ではないのは分かります。 辛かったですね。お疲れさまです。 これまでも、これからも良いことは沢山です。あまり悲観なさらずに、身体に気をつけてお過ごし下さい。 私もまだまだ頑張りますよ。 ありがとう。                                 有賀 桃  有賀桃…。桃って私の名前…。有賀って、お母さんのお葬式を担当してくれた人…。同じ名前だったんだ。でも何で私にわざわざメールなんて送ってくれたんだろう。一周忌だから?そういえば、お葬式の時に有賀さん泣いていたな。一年前のことを自然と思い出す。あれ、でも「自分のことなので」って書いてある。どういうこと?その時、またバイブ音が響いた。でも自分の携帯じゃない。顔を上げる。さっきの男性がお墓の前で携帯を開いていた。タイミング合うなあ。次の瞬間、私は目を疑った。男性の前の墓石に「有賀」と彫られていたのだ。間違いようもなく。どれくらい凝視していただろう。いつのまにか、私の視界にはこちらを呆然とした顔で向見てくる男性がいた。そして、私たちは一歩ずつ距離を縮めていった。
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