ドアを開けるな!

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 慌ただしい日々が過ぎていった。葬儀に参列したはずだが、その時の記憶はない。  オレは打ちのめされて、自宅のマンションに引きこもった。  同僚の電話は無視し、訪ねてくれた者は体調が悪いと言って顔も合わせなかった。  家にあった酒をほとんど全て飲み尽くした。  ぼんやりした頭にチャイムの音が聞こえた。  また同僚か、とイヤイヤ立ち上がり、フラフラと歩いてドアホンに話しかけた。 「はい?」 「開けて」  その声を聞き、髪の毛が逆だった。酔いが一瞬で消えた。  オレは慌ててモニタを見た。  見知ったシルエットにオレの目が大きく開くのを感じた。 「誰だ?」 「知っているくせに」  冷ややかな声に部屋の空気が凍りついたように感じた。  背中に冷たい汗が噴き出した。 「ユウカ、か?」 「開けて」  オレは声に操られて、夢遊病患者のようにドアの前に向かった。 「開けて」  ドアの向こうから命じる声がした。オレはドアチェーンを外し、サムターンに手を置いた。 『エイプリルフールだ! ドアを開けるな!』  オレの脳裏に未来からのメールの警告が浮かんだ。  今日がその日だということを瞬時に理解した。  オレはサムターンから手を外し、おずおずとドアアイから外を覗いた。  髪の毛を乱したユウカが立っていた。古びた街灯のほの暗い光の中で、わずかにうつむいている。 「リカ、か?」  オレの小さな声が聞こえたのか、返事があった。 「分かるくせに」  外にいるモノの口元が笑みを作った。左目の下のほくろを見つけようとしたが、髪に隠れて見えなかった。  ドアの外にいるモノがユウカのはずがなかった。リカだとしても、五十年も苦しむ理由が何か、まったく思い浮かばなかった。 「開けて」  ドアを通り抜けてくる声には、あらがえない強さがあった。  オレはサムターンに手を置いた。  カチャリと鍵が開く音がした。  ゆっくりとドアが開き、『それ』が入ってきた。  - 了 -
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