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昔から変わらない表札に、今さら文句を言ったりするのは、腐った気分のせいだ。
母親の実家なのに、その表札は俺の苗字と同じ『星野』だ。俺の母親が未婚で俺を生んだとか、両親が離婚したから母親の旧姓に変わったわけではない。
俺は昔から、星野光也(ほしのみつや)、である。
つまり、俺の父親が婿養子なのだ。母親が二人姉妹のため、家を守るためにそうしたと聞いている。皮肉にもそのお陰で、両親が離婚することになった今、苗字が変わらないのはありがたかった。
屋敷に向かう足取りが、重くなる。
俺の両親は、もうすぐ離婚が成立する。それはすでに決定事項だが、父親が婿養子であったり、俺が未成年だったりするため、何やら色々話し合う必要があるらしい。それで俺は、その話し合いの間、母親の実家に預けられることになった。
今日一番の、大きなため息を吐き出す。どうせ俺のため息なんか、うるさい蝉の大合唱に紛れて誰にも聞こえやしないのに、これ見よがしに深く長く吐き出す。
一生に一度の十七歳の貴重な夏休みを、こんな田舎で過ごすなんてついてないし、夏休みが終われば家族構成が変わっているのも憂鬱だ。気分が晴れるはずもない。
俺も、蝉と一緒に大声で叫びたいぐらいだ。
複雑な思いでばかデカい屋敷を眺めていると、すぐ脇の小道から小学生男子が数人、勢いよく飛び出してきた。子供たちはそれぞれ水泳用らしいビニールバックを提げている。
冷たいプールに飛び込むのも、よいかもしれない。
その中の一人の男子が、いたずらっぽい目をして母親の実家を振り返った。
「……あの家、古くてボロくて、『ホーンテ○ドマンション』みたいだよな!」
小学生男子の上手すぎる例えに、仲間のガキどももケラケラと声を立てた。
悔しいけれど、俺もつられて笑った。壁が暗い色のレンガだったら、子供が言うとおりまるで西洋のお化け屋敷だ。俺のじいちゃんのじいちゃん――て何て言うんだ?――が建てたという洋館は、築年数が百年近い。古くて大きな建物は、子供にはかなり不気味だろう。
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