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耳に痛いような蝉の声が、全身に降ってくる。
気でも違ったのか? と文句を言いたくなるのは、頭のテッペンに突き刺さる直射日光のせいだ。
「……あ、あちぃ……」
駅からの道中、何度零したかわからない愚痴。それでも懲りずに俺は叫ぶ。
「暑いし……うるせぇんだよ! 蝉!」
みぃーん、みぃーん!
じー、じー!
すいっちょんすいっちょん!
「……」
俺の叫びは、蝉どもにあっさり一蹴された。
都会の児童公園で、孤独に鳴き叫ぶ蝉相手なら勝てたかもしれないが、山間部の蝉は数が多すぎる。こんな大集団相手では、太刀打ちできっこない。
負け惜しみでチッと舌打ちを鳴らし、蝉も暑さでやられやがったな、と挑んだ勝負は俺から引いてやった。
季節は夏。高二、十七歳の夏休み。
だと言うのに、俺の心中は梅雨を引きずり、鬱々としていた。蝉に喧嘩をふっかけるほど。
口をひん曲げて結び、道に張りつきそうな重い足をなんとか前に出す。
真夏にこの坂道は、そうとうきつい!
坂道、というかほぼ山道だ。一応アスファルトで舗装された道の両脇には、大木が並んでいる。時間によっては木陰ができて涼しいこの道も、今はちょうど真昼で、太陽は頭の真上。木陰など、どこかに消えてしまった。
日光がきついのと坂道がきついのとで、顔が勝手に下を向いてしまう。それが重い気分のせいなのか、ただ暑くてうな垂れているだけなのかは――考えたくなかった。
髪の中から流れてくる汗を拭いながら顔を上げ、目的地までの距離を測る。口の中はカラカラに乾いて、そろそろ到着できないと生きたままミイラになりそうだ。
目指す白亜の洋館が、遠くに小さく見える。真上から刺す真夏の太陽に目をやられそうになり、右手を顔の上にかざす。
陽炎越しに輪郭がぼやけた目的地は、洋風の木造大邸宅だ。いかにも旧ナントカ邸、といった感じで、薄緑の切り立った屋根と、真っ白な壁が周りから浮きまくっている。
日本昔話に出てきそうな、山間の田舎町にはまったく似合わないその洋館は、俺の母親の実家だった。
大分近づいた屋敷の、洋風な門構えが見える。そこにかかった、重厚で渋い木製の表札に顔をひそめる。門は洋風なのに、表札は縦書きの筆書きで『星野』と書かれていた。
「あいかーらず、なんかチグハグ……」
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