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俺は静かに混乱していた。
外から洩れ聞こえる蝉の声も、差し込む真夏の日差しも、全て昨日までのものとまったく同じなのに、自分がいる世界を信じられなくて当惑している。
長い長い、夢を見ているんじゃないだろうか?
木目の粗い、正方形のテーブルを挟んだ向かい、そこに座る美少年をじっと見つめる。
少年は隣の男性と、笑顔を交えながら会話している。男性は俺のじいちゃんより少し若いぐらいのおじいさんで、白の開襟シャツと黒のスラックスを身に着けている。穏やかで落ち着いた雰囲気のその人は、俺が訪ねた教会の神父だった。
「……ちょうど少し前、駅前のスーパーで、景子先生にお会いしたんです。その時に甥っ子さんが遊びに来るって、楽しそうに話されてて」
「そうなんですか。それですぐに光也くんがわかったんですね。……光也くん、私は景子さんはもちろん、多恵子さんもよく知ってるんですよ。多恵子さんは、お元気ですか?」
「はい?」
神父様と少年に揃って見つめられ、俺は焦った。
小首を傾げて俺に顔を向ける少年に、チラリと視線を向ける。
当たり前だが、少年はジンではなかった。
彼は有馬明仁(ありまはるひと)といって、この町に暮らす、俺より一つ年下の高校一年生だった。
けれど、見れば見るほど似ている――ジンに。
「光也さん?」
明仁くんは、ジンにそっくりな大きな瞳を瞬き、ジンと同じ柔らかそうなくせ毛を、窓から吹き込む風に揺らした。
「あ……はい。母は元気です」
俺は明仁くんを見ていられず、神父様に向き直った。
神父様はそうですか、と柔らかく笑った。
教会の聖堂で、ジンにそっくりな明仁くんを見つけた俺は、驚いて硬直した。
明仁くんは、怪しんだ。俺が開口一番、『前に会ったことない?』などと、安いナンパみたいな文句を口走ってしまったからだ。
しかし偶然にも、明仁くんは、景子叔母が近所の中学で美術の代用教員をした時の教え子だった。そして甥の俺が夏休みにやって来ることまで知っていたお陰で、俺は不審なナンパ野郎ではないと、すぐに納得してくれた。
それから互いに自己紹介しあっていたところに神父様が現れて、二人してお茶に誘われた。明仁くんと神父様は、明仁くんの祖母が信者だという縁で、以前から親しいらしい。
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