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「……どうしたんですか? 汗、すごい……。顔色も真っ青ですよ?!」
無視するどころか、いきなり現れた、汗まみれで息切れする不審な俺を、心配してくれた。
昨日の自分を、心底後悔する。
「あのさ、失礼、だけど、おばあさん、は……?」
まだ息が整わず、言葉が途切れ途切れになる。しかしどうしても、早く確認したかった。
「……まだ意識はありません。昨日と変わらない状態です。これからまた病院に行こうと……」
「よかった、……あ、ごめん、よくはないんだけど!」
俺は失言を慌てて訂正した。昨日に続き、またもや失礼三昧だ。
だが明仁くんは怒ったりせず、黒い綿のパンツの後ろポケットからハンカチを取り出し、俺に差し出してくれた。
「あの、汗、これで拭いて下さい」
きれいにアイロンがけされたハンカチは、折り目正しくて、まるで明仁くんのようだった。
そんなきれいなハンカチで、こんな薄汚い汗を拭くことはできない。俺は明仁くんの申し出を丁寧に断って、汗で濡れた掌を自分のよれよれのハーフパンツで拭ってから、あの十字架を引っぱり出した。
「それ……」
明仁くんの大きな瞳が、一段と大きくなった。
「昨日は……ごめん。俺、落ち込むことが、あって、性格が、悪く、なってたんだ」
整わない息では、誠意が伝わらないかもしれないと不安になり、大きく深呼吸する。
「……それで、あんな意地悪言ったんだ。ごめんなさい」
姿勢を正して頭を下げた。それから顔を上げると、明仁くんは瞬きを忘れた大きな瞳で、俺をじっと見つめていた。
「そのために……うちまで走ってきたんですか?」
「うん。明仁くんが病院に行く前に、どうしてもこれを渡したくって。おばあさんが元気になるのに、少しでも役に立てて欲しくって」
「でも……それは、大切な物なんですよね?」
明仁くんは嫌味でなく、本心から遠慮しているようだった。
俺はますます心苦しくなった。
「えっと……だから俺、本当に昨日は頭がおかしかったんだ。いつもそんなにいい奴じゃないけど、昨日はとにかく最悪だった」
俺が下手な言い訳しかできないせいで、明仁くんをさらに困らせたようだった。
明仁くんは、どうしたものかと迷っている。こんなことをしている間に、おばあさんになにかあったらと、俺はもっと焦る。
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