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無意識だった。咄嗟に明仁くんのきれいな手をとって、その手の中に十字架を握らせた。
「俺もおばあさんに元気になってほしい。だからこれ、持って行って。お願い」
両手で握った明仁くんの手は、冷たかった。よく見たら大きな目の下にはクマがあるし、顔色だって俺より悪そうだった。
おばあさんが心配で、ろくに眠れなかったのだろう。
俺は自分の勝手な思いもありつつ、おばあさんのことを心配する気持ちも本物で、それを込めて明仁くんの手を強く握った。
「おばあさん、きっと元気になるよ」
そう言うと、明仁くんの大きな瞳が少し潤んだ。そしてほんの少しだけ、白い頬に赤みが差した。
「……ありがとうございます。じゃあこれ、お借りします」
「うん。おばあさんに、よろしく」
明仁くんの手を離すと、ちょうど大きい方の門扉が開き、中から高級そうなシルバーの外国車が出てきた。
明仁くんは、その後部座席に滑り込んだ。
これが本物のお坊ちゃまか、と庶民が驚いていると、後部座席の窓が開いて明仁くんが俺を見上げた。
「光也さん、本当にありがとうございます」
明仁くんが一生懸命に見せてくれた笑顔は、とてもきれいだった。
俺が頷いてすぐ、車は静かに滑り出した。
その車の後姿が見えなくなると、俺は顔を上げてじいちゃん家のある北山を探した。
太陽と反対側に立つ、深い緑の山。その緑の合間には、じいちゃん家の薄緑の切り妻屋根と、さらにその上に、静かに輝く十字架があった。
俺は、そちらに向かって祈った。
明仁くんのおばあさんが、どうか元気になりますように。
そして――。
ジンが、じいちゃんに会えていますように。
そう心から願う自分を、願うことができた自分を、俺はちょっとだけ誇らしく思った。
俺の頬を撫でて吹き抜けた風が、ほんのり甘い香りを漂わせていた。
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