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「そう、良かった」
久しぶりに、心から良かったと思える、嬉しい出来事だった。
俺はホッと胸を撫で下ろした。
「おばあちゃんが回復したので、十字架お返ししますね。本当にありがとうございました。おばあちゃんからも、お礼を伝えてくれって」
明仁くんは、十字架を大事そうに差し出した。
俺はすぐには受け取らず、十字架をじっと見つめた。
「光也さん?」
「それ……、明仁くんのおばあさんに、返してもらえないかな?」
「え?」
その十字架は、じいちゃんの大切な形見だ。
じいちゃんの初恋の、大切な思い出。
しかしそれはもう、我が家にはいらない気がした。
これは決して、昨日までのつまらない嫉妬心から思ったことではない。
仁さんが亡くなり、じいちゃんも亡くなり、ジンさえ逝ってしまった今、悲しい恋の思い出は、本当に持つべき人の元へ帰るべきじゃないだろうか。
仁さんの妹である、明仁くんのおばあさんの元へ。
「でもこれは、おじい様の大切な形見でしょう?」
「う~ん……そうだけど、元々は仁さんの形見なわけだし、本当は仁さんの家族が持ってる方が、いいんじゃないかなって」
「ダメです! 祖母は光雄おじい様が、仁さんの形見をずっと大切にしてくれていたことを、喜んでるんです! だから光也さんに返さないと、僕が怒られます!」
予想以上に、明仁くんは抵抗した。
でも、と俺が言えば、でも! と明仁くんも頑として譲らなかった。
可愛らしい顔に反して、意外と頑固らしい。と彼の性格の一端を知り、俺は笑った。
「なんですか?!」
突然笑った俺に、馬鹿にされたと思ったのか、明仁くんは可愛い唇を尖らせた。
俺は根負けした。
「わかった。じゃあそれ、明仁くんが持っててよ」
明仁くんは仁さんのれっきとした親族だし、なにより彼なら、俺より十字架を大事にしてくれるだろうと思った。
俺は自然に、彼に十字架を託していた。
だが、明仁くんの表情を見て――俺は不自然になった。
明仁君の顔は、暑さのせいかもしれないが――真っ赤だった。
――あれ?
「いいんですか? おじい様の大切な物なのに?」
明仁くんは育ちが良いから、はしゃぎたいのを懸命に抑えているような感じがした。
まさか――ね?
「う、うん……。うちでしまい込まれてるより、明仁くんに大切にしてもらった方が……」
「絶対、大切にします!」
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