1人が本棚に入れています
本棚に追加
なぜ胃がんになってしまったのだろう。入院の手続きについて、事務員から話を聞いている時、僕は心ここにあらずの状態だった。若くして死んでしまうのだろうか。そう思うと急に死が怖くなる。今まで意識してこなかった死の一文字が、胃がんであるという事実のために浮き彫りになってくる。若干二十八にして、僕は人としての活動を終えなければならないかもしれない。ジミ・ヘンドリクスや、ジム・モリスン、カート・コバーンなどのロックスターは皆、二十七歳で死んだ。僕は一つ上の二十八である。どうせ死ぬなら二十七歳で死んでしまいたかった。どうせ死ぬなら、その方がかっこいいじゃないか。
告知後、手術のために入院の予定が組まれた。胃を全摘するそうだ。詳しくは手術を行う前に精密検査をしてから、担当医が手術の有無を判断する。進行の度合いによっては手術が出来ない場合があるらしい。医師によると、今回の検査の結果を見る限りでは、僕の胃がんはかなり進行している、とのことであった。
その日は夕方近くになって一度自宅アパートに戻った。帰宅後、上司に連絡をとった。素直に胃がんです、と告げた。すると、そうか、お前大丈夫か、と言って励ましてくれた。
次に実家の母に電話した。胃がんだと告げると母は泣いた。そしてすぐにこのアパートへ来るという。涙する母の声を聞くと、冷静でいようと努めていた僕まで、つられて涙が出そうになった。
風呂から上り、グラス一杯だけと心に決めて、冷えたビールを飲んだ。胃はしくしくと痛んだが無視した。今後は酒が飲めなくなるだろうと思い、ビールを飲んだのである。
夜はビールを飲みながら、ノートPCを開いて、胃がんに関する情報を収集した。僕は夜遅くまで、国立がん研究センターのホームページ上に公開されている、がんの告知マニュアルを食い入るように見た。これによると、今の時代、がんの告知は直接本人に行うのが原則となっているようである。僕はてっきり、がんと言えば、まず先に家族に告知されるものだと思い込んでいた。しかし、今は違うらしい。サイトには、本人に極力告知するよう努める、と書かれていた。
結局、その夜は缶ビールを三本空けてしまった。胃が痛んだけれど、それよりもこれからの事を思うと胸が苦しくなって、心のほうが痛かった。
最初のコメントを投稿しよう!