乱調

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 がん告知を受けて二週間がたった。僕は病院にいる。ロビーのソファに腰掛けていた。  この一週間前、僕はスキルス性の胃がんであることが判明した。担当医によると、僕のがんは手に負えない状態であるらしい。胃のみならず、腹膜と周辺の臓器にまでがんの湿潤がみられるそうで、手術での根治は絶望的だそうだ。今後は抗がん剤の投与によって、がんの進行を遅らせる処置を受ける。  医師から今後の治療の指針を聞いて、手術のために入院する予定だった僕は、一転、退院することになった。医師によると、ここまで進行していると、余命は半年くらいだそうだ。  余命半年。どうやら次の桜は見られるだろう。病院の中庭には冬枯れの桜がある。この桜に別れを告げて、僕は県立病院を後にした。  そしていよいよ、抗がん剤による延命措置が始まった。僕はTS-1という、カプセル薬の抗がん剤を三週間服用した。抗がん剤による副作用を心配していたけれど、TS-1は、今のところ目立った副作用がない。これはありがたいことだった。  抗がん剤を使用する場合、一般的に何種類かの抗がん剤を同時に投与することで、薬の作用を高めるのだという。僕にはまず、TS-1というカプセル薬に加えて、点滴投与のイリノカテンという抗がん剤が選択された。初めの一週は抗がん剤の投与のために入院した。そのイリノテカンの投与は、僕の生きたいと願う意思をくじくものであった。投与後、激しい吐き気が起こる。熱が出て下痢になる。これを一週間のうちに三度受けた。地獄のような一週間であった。  イリノテカンから解放されると、僕は身辺整理のために帰宅した。その間もTSー1は朝夕の二度、服用することは忘れなかった。  がん告知を受けてから今日に至るまで、母は僕のアパートに泊まって入院にあたる準備や、生活のサポートをしてくれていた。しかし、母も還暦を超えている。いつまでも僕の世話をさせるわけにはいけない。そう思って僕は、五年ぶりに埼玉の実家に帰ることにした。
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