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「あたしなんて予知メールなかったら危なかったよ。先週さ、『絶対に表参道の横断歩道は渡るな』ってメールがタキオンに届いてて」
「あっ、今朝のニュースでやってた! 交通事故だっけ」
「そーそー、運転手が居眠りしててさ。信じらんないよね。あの横断歩道を渡っていた未来の私は事故で植物状態になってて、それから覚めた23年後に予知メールで危機を教えてくれたってわけ」
「うっわ、こわー。で、アンタが今こうして無事でいるってことは、メール送信者の植物状態のアンタの存在は消えたってわけね」
「そ。不幸な並行世界のあたしは消えて、幸福なあたしだけが残りました、と」
世界は変わった。
端的に言えば、タキオン所有者から“不運”という概念はほぼ消え去ったのだ。
たとえ未来の自分が不幸な目に合っても、その自分が過去の自分に予知メールを送れば、その不運を回避できるのだ。
タキオンが流通すれば、誰もが不運を回避することになるだろう。左か右かの選択も、友人との受け答えも、テストの山場も職業選択も未来の自分が全て正解を教えてくれる。あのときああしておけば良かった。そんな後悔をする可能性がタキオンにより、限りなく0になったのだ。
ちなみに、主にコスト面の問題で一般市民は予知メールを1年に1回しか送れないことになっている。それも"今から○年○日前の○時○分に送る"などという器用なことはできず、単純に"○年前に送る"ということしかできないのだ。
貴重な1通のメールをどのタイミングで送るかは本人の意志に委ねられている。通常の人間は、人生に大きな影響を与える重大な選択の可否を過去の自分に送るのだろう。
盛り上がる女子高生達の会話を聞きながら、葉山功(こう)はため息をついた。
「予知メール様々、ねえ……」
葉山は今、リニアの硬い座席に座りながらタキオンの液晶画面を眺めていた。
葉山は、小さい時から勉学に励み、中学高校と有名私立校に通い、トップの成績で卒業した。有名大学に通う傍ら、就職活動をして既に幾つかの企業から内定を貰い、人生はまさに順風満帆のはずだった。
そして、ここに来てタキオンの所有権を手にした。類い稀な幸運といっていいだろう。
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