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タキオンはもう鳴動しない。
まるで死んでしまったかのようだった。
あんなにもやかましく死を囁いていた予知メールも、受信しなくなると不安に襲われる。
「タキオンのテスターとしては俺は失格だったな」
自分のこれからの行動がタキオンにどんな未来を与えるのか。
「もしかしたら俺が死んだせいでタキオンが害悪認定されたりして。ああ、でもそうなったら俺が抽選で当たらないように予知メールが送られそうだな。“葉山功にタキオンを渡すな”って」
もし葉山がタキオンを手にしなかったら、この死は防げたのだろうか。
葉山のようにタキオンのせいで死を選ぶ者はどれくらいいるのだろうか。
その数はきっとタキオンによってもたらされる圧倒的な幸福を前にすれば吹けば飛ぶようなものでしかないのだろう。
最大多数の最大幸福。その功利主義の前に葉山の死はなかったことにされてしまうのだろうか。
世界線ごと今の葉山は消えてしまうのだろうか。
分からない。
タキオンが溢れた世の中は想像できない。
タキオンがもたらすのは混沌か調和か。
「もう、どうでもいい……――」
気付けば、葉山はガードレール越しに崖下の真っ暗な森を臨んでいた。
高さは30メートルを超えているだろうか。ここから飛び降りればきっと命はない。
ふと、自殺を思い留まらせる看板が目に入った。さすが自殺の名所。至るところにこうした看板が設置されている。
『どんなに不幸な状況でも救いはあります。ひとりで悩まず相談してください』
思わず笑いが漏れた。本当かよ、と。
未来の自分があれだけ様々な可能性を試したというのに、まだ頑張れとのたまうのか。それはあまりにも酷というものではないか。
葉山はガードレールに手をかけた。いったい何人の人間が死に向かうために、こうしてガードレールに手をかけたのだろうか。
彼らにどこかシンパシーのようなものを感じた。
目を閉じる。
冷たい風が耳元で吹き、悪魔の舌なめずりみたいな音を立てた。死の間際にようやく冬の到来に気付けたなんて……――。
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