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そのときだった。
うんともすんとも言わなくなっていたタキオンが震えた。着信を知らせるバイブレーションだ。
慌ててガードレールから手を放し、タキオンの液晶画面を確認する。そこにはこう書かれていた。
『死ぬのはやめてください』
どういうことだろうか。
慌てて送り主を確認する。
“reika-1209⑩tachyon.ne.jp”
「誰……?」
reikaという部分から送り主が女性であることが分かった。だが、そんな名前の女性の知り合いはいない。
『突然メールして申し訳ありません。私は立花麗華という者です。私の時代ではタキオンが日常的に用いられています。葉山さんが自殺をほのめかすような予知メールを過去のあなたに送ったと聞いて矢も盾もたまらずにメールしてしまいました』
立花という人物からのメールは長文だった。
『私は葉山功という人物からたくさんの幸せを貰ったんです』
きっとそれは未来の話だろう。
『このメールを受け取った過去の葉山さんにとって私は数ある世界線の中のひとりに過ぎないかもしれませんが、私にとってあなたはとても大事な存在なのです。だからどうか、あなたという人を殺さないで』
メールはそこで終わっていた。
立花という人物は1年に1回しか使えない貴重な予知メールを他人に送信したのだ。送ったところで葉山が立花と出会う未来を選ぶとは限らないのに。
さらにタキオンが震えた。
『私は星野哲也という者です。死ぬのは思い留まっていただきたい。あなたは未来に絶望しているのだろうが、私はあなたという人間に今から数年後、救われたのです。そんな命の恩人を死なせたくはない』
再びタキオンが鳴動する。
『これから友人になる水上守です。葉山君が○×物産に就職しなければきっと俺達は出会わないだろうね。けれど、君の存在で俺は救われた。この世界線が消える運命でも、俺は君に死んでほしくない。それがせめてもの願いだ』
タキオンは鳴り止まない。
本来、予知メールは今の自分が過去の自分にメールするものだと思っていたが、こういう使い方もできるのか、と葉山は驚くと同時に、いったい未来の自分はどれだけの人物に影響を与えてきたのかと疑問に思う。
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