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3
真夜中、
闇の中に滑り出る。
目的地は廃校である。
彼女が知る限り、
近辺で一番の高台に鎮座しているのが、
以前通っていた母校であった。
諸々の事情で廃校となり、
寂れた校舎には何人も近づこうとしない。
忘れられた場所を克深は度々、
訪れていた。
警備怠慢で管理されなくなった建物に、 侵入することは容易い。
だが、
常に幾許の緊張と高揚が浮遊する。
得体の知れない輩が住み着いたりすることもあるが、
気配はなかった。
冷たい床敷材に硬い足音が響いて、
ゆっくりと階段を上っていく。
綺羅綺羅星を鼻歌で唄いながら、
克深は踊るように、
屋上までの最後の階段を駆け上る。
今、
最も空に近いところにいるのは、自分なのではないだろうか?
高台にある学校の校舎は、
錯覚するほどに手の届きそうな雲が、
近く見えるのだ。
「少し遅刻だ」
いつも、
彼女が寄りかかって空を見上げている手すりに人影があった。
「求人札を?」
低い声と少し丸まっているが高い背中。
振り向かないままだが、
どうやらまだ若い。
「聞いてもいいですか」
克深は懐から赤い紙片を取り出して、
目の前に持ってくる。
男は第三の目があるのか、
気配でわかるとでもいうように振り向かなかった。
「どうして林檎を?」
許可を待たず、
問うた。
彼女が仲介人から託された求人札は、
緻密に折り畳まれた赤い折り紙の林檎だったのである。
「ここからなら、よく見えただろうな」
フォーマルハウトのことだろうか。
南の秋空で唯一目立つ星である。
みなみの魚座は、
秋の四辺形と呼ばれるペガスス座から視線を真っ直ぐ下げた位置、
地平線近くに見えると言われる。
秋の夜空には四等級以下の星ばかり輝いているのだが、
中に一つだけ一等星が存在する。
かつて、
秋の一つ星と呼ばれていたそれが、
みなみの魚座、
フォーマルハウトである。
克深は実際には見たことがない。
彼女だけではなく、
誰もが見たことがないのだろう。
空が厚い雲で覆われて以来、
頭上で本物の星々を観察することは適わない。
全ての星座は雲の上にある。
そう、
文字通り。
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