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「答えになっていませんよ」 「必要か」 初めて男が振り向いた。 彼女が思った通り、 雇い主としては若い部類だろう。 身につけているのは、 かなり楽な格好で、 黒縁の眼鏡をしていた。 「辿り着いたのなら問題ないだろ」 彼は赤い林檎を一瞥する。 実際、 特別な意味もなかったのか、 すぐに視線を外す。 男は余計なことは言わずにさっさと歩き出した。 不採用とも採用との言葉もない。 克深が連れてこられたのは、 煉瓦造りの塀に囲われた古い建物だった。 迷路のように入り組んだ路地という路地を抜け、 自動四輪でやって来た町外れ。 目の前に現れたのは、 曰く付きの茨姫が眠っていて、 長い年月放置されていたような館であった。 煉瓦造りの外壁全面にも、 茨ではないが蔦の葉が生い茂り、 蔓が絡まりまくっている。 幾つかの建物の離れで、 本当にお姫様が眠っていたことを知ったのは、 後日である。 だだっ広い敷地の半ばに、 円蓋型の屋根を持つ建物があった。 学校校舎のものとは違う色の床敷材を歩いていく。 先には階段状の部屋があり、 段々に座席が並んだ中央に巨大な天象儀のような機械が設置されている。 円く高い天井であった。 「こっちに来てくれないか」 室内から目立たないように加工されているらしい隅っこの扉から、 男が手招きしていた。 精密機械だらけである。 先程の、 円い部屋の天象儀を操作するための部屋なのだろう。 「原稿を読んでくれ」 「採用ですか」 克深は拡声器のようなものを示されたが、 男が渡そうとした端末には手を伸ばさなかった。 黙って連れられてはきたが、 契約をまだ何も交わしていないのである。 男が少し、 笑ったようだ。 なぜかはわからない。 「いや、悪い。面接は済んだから、採用試験だ」 どうやら今回の仕事内容は、 認可を受けているかは不明だが、 性質は悪くないようであった。 星空映像の語り、 それが克深の新しい職であった。
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