第1章

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『今乗ろうとしているホームとは反対のホームに、もうすぐ電車が到着するだろう。それに、乗って欲しい』  無意識に僕は電光掲示板に視線を向けていた。反対のホームには、あと数分で電車が到着すると表示されている。奇妙なシンクロ。僕は携帯の画面に、視線を戻した。 『もし、そうしなければ、きみには不幸が起こるだろう』  は、と漏れたのは失笑だった。不幸の手紙、という言葉が頭にぽかん、と浮かぶ。  そんなもの、僕が子どもの頃にはもう既に絶滅していた。 『それを伝えるために、僕はこうやってきみにメールをしている。 しかし、運命は神様に与えられたもので、逆らうことはできない。とても難しいことだ。 その不幸が何なのかは、今の僕には言えない。しかし、想像してほしい。きみにとっての最悪とは?』  僕にとっての最悪は、仕事が終わらないことだ。毎日、毎日、こなしてもこなしても終わらないその作業だ。 (何なんだ、このメールは)  メールに思考回路を奪われてしまった自分自身に嫌気がさした。 『降格?会社の倒産?リストラ?不治の病を患うことか?』  そんな、想像もできないことばかりずらりと並べられたって、現実味はない。 『それともきみの一番大事な人を失うことか』  大事な、人?  瞼の裏側に、彼女の姿が浮かび上がる。最初は黒い影だったものが、次第に明るんでいく。しかしなぜか、顔にだけ靄がかかったままだ。 『最悪は、必ずきみに振りかかるだろう。そして、三年後、きみは、僕になってしまう』  ユリエ。  付き合って五年になる、僕の彼女だ。  優しくて、大ざっぱで、少し頑固な、僕の彼女。  飽きるほど見ているはずの彼女の顔が、なぜかまだ、はっきりと浮かんでこない。疲れているせいだろうか。
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