第1章

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『きみは、ふと空を見上げることがあるだろうか。そこに星があることを忘れてはいないか。』  見上げる暇なんて、今の僕にはない。 『ふと通り過ぎたカレー屋の匂いに、うっとりすることがあるだろうか』  ああ、家の近くにある、インド人がやってるカレー屋。そういえば、暫く行っていない。  前はユリエと、週に一度は通っていたのに。僕はイエローカレーにナンと、ライスのセットを頼んで、ユリエはきまってグリーンカレーを頼んでいたっけ。 それももう、随分昔のことのようだ。 『きみの顔を覚え、きみがレジに立つと決まった銘柄のタバコを差し出してくれるコンビニの店員に、ありがとうと言うことはあるだろうか』  このあたりから、僕の心臓の鼓動が変化していた。  ズグンズグンズグンズグンズグン。  そこを中心に、身体が大きく波打っているようだ。  動悸が、治らない。 『きみが子どもの頃大好きだった、チョコレート・バーを(あまりにたくさん食べ過ぎて、一時期五キロ太ったのを覚えているかい?)、最近かじったことは、ある?』  こんなこと、僕と、俺の家族しか知らないはずなのに。 『きみをとりまくちいさな幸せを、感じて欲しい。 そしてたとえば、 そんな、ふとしたことが、きみの未来を変えるかもしれない』  一体、このメールは何なんだ。 『ブラジルで一匹の蝶が羽ばたき、 それが、テキサスでの嵐になり得るかもしれないように』  悪戯にしては、出来すぎている。掌が汗で湿り気を帯び、ずるりと携帯を落としそうになった。  一体、何で、こんなメールを僕に送ってきたんだ?  何の意味があって?  もう一度メールの差出人を確認しようとした時、反対側のホームに電車到着のアナウンスが流れた。  同時に新規メールが届き、携帯のバイブに。僕はびくりとした。  しかし、メールの差出人はユリエだった。 リリリリリリリリリリリリ、  電車到着を告げるその音は、劇場で流れる開演ベルの音によく似ていた。
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