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この時間を誰にも邪魔されたくない。俺は思わず密かに指先で軽く印を結び、部屋の人払いをした。封印としてはほんの軽いもので、ここへ近づく者が何となく心理的な障壁を感じて無意識に入るのを敬遠する程度の効果だ。それでも、二人きりで静かに絵を見るには充分だと思う。
俺たちはしばらく黙って暗い画面のその絵を見上げていた。
「…初めて会った時、この絵が好きだって言ってたよ。ジュンタさん」
しみじみと懐かしむように話す。俺はアキの横顔に思わず目を向けた。
「うん。…覚えてるよ」
アキの髪に手が伸びそうになる。タツルがアキに制裁を加えて以来、さすがに俺も彼女に無闇やたらと触れづらくなっていた。それにしてもあれはいくら何でも酷かった。あの後別の場所でタツルと顔を合わせた時、向こうは向こうで俺が隙あらばアキに触れることに怒り心頭でかなり絞りあげられたのだが、こっちはヤツがアキを泣かせたことで頭に来ていたのでお互い譲らず結構な口論になってしまった。ただ、俺が彼女に触ることそのものについては合理的な説得力のある申し開きができなかったので、以降渋々控えることにしたのだ。何せヤツは、全く反省の色も見せずに以後も同様の場面に遭遇したら同じ制裁を加えると断言し、酷いと色めき立つ俺に向かって
「何言ってんだお前。お前があいつに触らなきゃ済む話だろ。アキの方からお前に触った試しなんかあんのか」
と言い放ち、俺はぐうの音も出なかったのだ。
…でも、そうだ。俺は今日のタツルの予定を知っている。引き継ぎ中な関係で、相手のスケジュールは把握しているんだ。今日は余所にかかりきりで、ここには顔を出せない。思えば最初からそのことがどこかで頭の中に引っかかっていたのかも知れない。
あいつが顔を出さないんなら、肩くらい抱いてもいいんじゃないかな。
だって、一週間経ったら、次はいつ会えるかもわからないのに。肩でも髪でも手のひらでもいい。柔らかいアキの感触をもう一度何とか確かめられたら。
再びじっと絵を真剣に見上げているアキ。ふと俺の視線に気がついて、物問いたげに首を傾げる。
「どうしたの、ジュンタさん」
「いや、あの」
何て言おう。あたふたしながらも、思わず口から出る。
「今日の服、可愛いね。よく似合うよ」
「あ、本当ですか」
ちょっと嬉しそう。
「もともと持ってた服で、気に入ってたんです。全然普段着なんですけど」
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