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気を取り直すまでだいぶかかってしまったが、アキはちゃんと俺を待っていた。回廊展示室のルネサンスの一角にゆったりと落ち着いて佇むアキ。絵の前に立って見ていたが、背後から近づく俺の気配に振り向き、にっこりと微笑んだ。当然ながら着衣や髪の乱れは全くなく、さっきまであったことは夢なんじゃないかと思うくらいだ。
「ジュンタさん、さっきはすみませんでした。結局逃げちゃって」
…夢じゃなかった。
夢だった方がまだマシだったかも。
「いや、俺が…、全面的に悪かったから。あんな無理やり。ごめん、本当に」
下を向いてぼそぼそと謝ると、アキは静かに首を横に振った。
「いいんです。ジュンタさんは悪くない…、と思う。そんなに」
確かに誰がどう考えてもそこは断言できない。
「わかってるんです。…わたし、本当の本気で嫌がってはいなかったんでしょう?」
顔を上げて真っ直ぐに俺の目を見て尋ねるアキ。俺は思わず口ごもった。
アキの抵抗が甘かったとは言えない。ありったけの力で必死に抵抗していた。でも、俺はそこよりもどうしてもアキの感情を探ってしまっていた。微かに感じられる甘やかな隙が仄見えて、そこを目指して突き進んでしまった。
恐怖や嫌悪がほんの少しでも見えたらどんなに辛くても絶対にすぐに止めるつもりだった。そんなこと口に出して弁解なんてできない。でも、アキはちゃんとわかってくれるんだ。
なんて優しいんだろう。
驚くべきことに、アキの俺に対する感情は、ことの以前と全く変わっていなかった。温かく優しい親密な気持ち、深い信頼。でも、ひとつ変化したことがある。俺との物理的な距離の置き方。
彼女はもう、俺が手を伸ばして届く範囲に近寄ってくることはないだろう。あーあ。
「ジュンタさんを信じてないわけじゃないんですよ」
俺の目線と表情から、考えを推し量ったアキが弁解するように言った。
「いや、無理ないよ」
俺という人格は信頼してても、下半身は信用できないに違いない。
「そうじゃなくて…。わたし、自分もちょっと信用ならないから。そうなっても構わないってわけじゃないなら、やっぱり無闇に触れたりするのはよくないなって本当に反省したんです」
「そうかぁ…」
結局、タツルとチサトが正しかったってことになっちゃうのか…。
でもアキが俺を信頼し切って油断していてくれたおかげで、今まで思う存分その髪や肩や、柔らかい手のひらに触れることができた。
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