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そのときめくような感触を、俺はこれからもずっと忘れないだろう。その記憶がしばらくの間は俺の心と身体を暖め続けてくれるに違いない。
「ところで、ジュンタさん」
不意にアキの声の調子が変化した。思わず顔を上げて彼女の方を見た俺に、軽く首を傾げてにっこり微笑みかける。
「さっき、言ってましたよね。あれ、教えて下さい」
「…あれ?」
「考えてることを読まれないようにする方法。本当にあるんでしょう?お願いしますね」
そう来たか。さすが、しっかりしてる。俺は内心舌を巻いた。途中までだったとはいえ、やっぱりタツルにさっきのことを知られたくはないらしい。
アキがそのつもりなら勿論俺に否やはない。俺は大人しく請われるままにそのやり方を教えた。
原理はともかく、簡単に端折って言うと自分の心の中の隠したい記憶を拾い上げて小さくまとめ、丁寧に表面を固めたのち自分の心の奥にそっと深くまで沈める。というような作業をするわけである。説明されても最初はコツが難しいかな、と少し心配だったが、飲み込みのいいアキはいとも簡単に要領よく俺の目の前でそれをこなしてみせた。さすが。
アキの心の表面からその記憶が奥深くに沈められて消えていくのを見届けて、俺はため息をついた。なんと言っていいのかわからない、複雑な気持ちだ。
「ジュンタさん。さっきの記憶が、わたしの中からなくなったわけじゃないから」
俺の表情を読んで、アキが何か察したように話しかけた。
「表面に浮かばないように沈めただけですよ。わたしは多分、さっきのこと忘れないです」
嬉しいのか…、情けなく恥ずかしいのか。俺は肩を竦め、呟いた。
「俺も忘れないな。間違いなく」
アキは明るい声を上げて、楽しそうに笑った。
「…まぁ、忘れようったって忘れられそうにないですよね。お互い」
「…はぁ。なるほどね。結局、向こうの方が一枚上手だわ」
最後まで全て語り終えた俺を前に、チサトは深々とため息をついた。
「だからってあんたが反省しなくていいってことにはならないけどね。アキが許してくれたからっていい気になるんじゃないよ。…まぁでも、あの子が立ち直れないような傷つき方をしてるんじゃないなら、ちょっとホッとした。それに」
不意に悪どいニヤニヤ笑いを浮かべるチサト。
「やっぱりタツルさんに知られたくなかったのね。女ってコワ」
俺はブスッとして反論する。
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