(一)

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 森下明生は今年で二十七歳になった。  生まれ育ったのは神奈川だが、大学院を出て大阪に本社がある大手の重機メーカーに入社して三年になる。  今の勤務先は、この場所から東の方角に見える山の麓にある工場だった。   ここまで来るには在来線とバスで一時間ほどかかるはずだが、この日は大阪の本社へ出向いた帰りに立ち寄った。明日は土曜日で仕事は休みだ。  隔週金曜日にある本社での会議の帰りは必ず、彼はここに限らずあちこちで人と待ち合わせる。…ネットで連絡を取った男を買うためだ。  明生は生来、女性が全く苦手だった。  そのために周りの誰とも打ち解けられず、できるだけ生まれ育った場所から離れた企業に就職したが、配属先は片田舎で、同性愛者を理解してくれる雰囲気は皆無だった。  結局、職場では恋愛になど全く興味のなさそうな人間を演じて、同僚にはまず目に入らない場所でこっそり自分の欲望を満たすしかないのだ。
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