プロローグ

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プロローグ 夢を見た。 妙な夢だ。金魚が泣いてる夢。狭い、苦しい、ここから出してって、しくしくと泣いている。 真っ赤で鮮やかで小さくて黒目がちで可愛い金魚。 僕は金魚が好きだ。 金魚にしか、心の内は話せない。 水は綺麗にしているし、餌も与えているというのに、何がそんなに悲しいというのだろう? ああ、金魚鉢が嫌なのか。 金魚鉢は本来、観賞用の硝子の入れ物。人間の為に作られたもの。金魚が伸び伸びと暮らせる場所ではない。だから逃げたのか。 朝、目覚めたら、タンスの上に置いてある金魚鉢の中から、金魚の姿は忽然と消えていた。 「……キンギョ?」 僕は金魚のキンギョを呼んだ。あ、この辺りややこしいだろうから説明すると、僕の飼っている金魚の名前は“キンギョ”だということだ。というか他に思いつかなかったので、適当に名づけた。我ながら斬新で粋だと思うけどな。 それより、一体どこに行ってしまったんだろう、キンギョ。何も言わずに僕の傍に居てくれる唯一の家族だったのに。 ……まあいいや。いずれ帰ってくるだろう。 僕は頻繁に脱走するけど必ず帰ってくる遊び盛りの犬の飼い主みたいな気持ちになって、一階に下り、顔を洗って朝食の食パンをかじり、制服に着替えて――何事もなかったようにわりかし平然と家を出た。 太陽が挑発的に照りつけてくる。季節は夏。蝉がどこかで鳴いている。 肩に通学鞄をかけて、黙々と歩く。 ……暑い。 夏は嫌いだ。伝う汗が気持ち悪い。 近所のおばさん達の井戸端会議を横目に見て、烏の多い住宅街を抜ける。人で賑わう商店街に出て、電車が通り過ぎるのを待って踏み切りを越え、川の上に架かる橋を渡り、やっと学校に辿り着いた。
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