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「手だ」
「んー」
気の抜けた返事に、愛しい人はすでに夢の世界に入ってしまっているのだと気づいた。耳を澄ますと穏やかな寝息が聞こえてくる。
なんだよ人に聞くだけ聞いておいて。
でもいったん思い出すと回想は止まらなくなった。
あの時、理佐の手元に目が行った。何故なのか。動いていたからだ。自分の弾く曲に合わせて、理佐の手が、指が動いていた。
この娘、ギターを弾くんだ。それもかなりしっかりと弾けるんだ。
こんなスペインのド田舎で自分と同じようにクラシックギターを弾く娘が一人旅?
でもその時はそこまでだった。
だが運命とは不思議なもので、その後訪ねたアルハンブラ宮殿の回廊で、必死にカメラのシャッターを切っている彼女の姿が目に留まった。
カメラは親父の仕事で手伝っていたからそこそこわかっている。なのでつい口を出してしまった。
そしてその後、雲一つなく澄み渡った空を仰ぎ見るようにして理佐が言った言葉―――
― こんな風に人生もばっさり割り切れたらな
どういう意味で言ったのかはわからない。けれどまさにその言葉はあの時の自分の心境を言い当てられたようで、心に刺さった。
でも、その時もまだそれまでだった。
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