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『ちょっとこっちに水鉄砲向けないで! ママは水着を着てないのよ』
プールサイドに理佐が向かうと、水際に置かれているデッキチェアから明るい声が聞こえてきた。
声の先ではプールの中でお互いに水鉄砲を打ちあってはしゃぐ男の子たち二人の姿があった。
よかった。
理佐はホッとした。さっきのあの怜の態度でマリアさんはまた傷ついたのではないかと気になっていたのだ。
『あら理佐ちゃん。ここ座る? 濡れるかもしれないけど』
マリアが隣の椅子を指して言った。間に置かれた丸テーブルにはレモネードのジャーとグラスがいくつか置かれている。
『……はい。……あの、』
どうしよう。怜のサプライズ誕生パーティを提案したのは私だ。こんなことになってしまってかえって怜と心が通じなかった過去のつらい気持ちを思い出させてしまったかもしれない。
いつもここに来て楽しそうな先生一家の様子を見るたびに、理佐は少しだけ違和感を感じていた。
怜は子供のころきっとそういう時間を持てずに、そして今でも持つことなしに、ずっと一人で生きてきたとわかっているからだ。
(怜だけが、どうして一人なの?)
この家に来るたびにそう思ってしまう自分がいた。
ここは怜の家でもあったんだよ。彼にもそう思ってほしかった。
でも……
人の心についた傷の深さなど、当人でなければわかるはずもない。
部外者の私が余計なことをするべきじゃなかったんだ。
今しがたの怜の様子を思い出して、理佐はまた泣きたい気分になってきた。
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