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「わあ、もうすぐ陽が落ちる」
特に申し合わせたわけでもないのに、車でそばを通りかかった時、どちらからともなく 「降りようか」 と言ってまた二人はいつもの桟橋に来てしまった。
さすがにこの時間帯になると肌寒い。だが理佐は気にもせずに先端の欄干から身を乗り出すようにして、夕陽を見ている。
その姿を数メートルほど後ろにあるベンチに腰かけたまま怜は見つめていた。
「カメラ持ってるんだろ。写真撮りたければどうぞ」
いつぞや理佐ときたときは、写真を撮りたそうだった姿を思い出して怜が言った。
「ううん、いい」
理佐が振り返った。
「ねえ、怜、覚えてる?」
「何を」
「いつか二人でボートに乗ったよね。あの夕陽が映えてすごく綺麗だった公園で」
怜はちょっと考えてから、「セビリアのスペイン広場のことか?」 と答えた。
「それそれ! あの時、怜を写真に撮ろうとしてうまくいかなくて、そしたら、怜が言ったでしょ?」
「俺が? 何を?」
「“カメラを持っていなくても写真は撮れる”って」
……ああ。そういえばそんなことを言ったような気がする。
「あれって、怜のもつビジュアルメモリーの強さのことを言ってたの?」
「……まあね」
確かに、あの時は自分の中に理佐の記憶を留めようと必死だった。
もうおそらく2度と会えないかもしれないと思った愛しい人の姿を。
さりげない所作を。
そのすべてを。
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