アメリカ編: 何度でも

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*** 「わあ、もうすぐ陽が落ちる」 特に申し合わせたわけでもないのに、車でそばを通りかかった時、どちらからともなく 「降りようか」 と言ってまた二人はいつもの桟橋に来てしまった。 さすがにこの時間帯になると肌寒い。だが理佐は気にもせずに先端の欄干から身を乗り出すようにして、夕陽を見ている。 その姿を数メートルほど後ろにあるベンチに腰かけたまま怜は見つめていた。 「カメラ持ってるんだろ。写真撮りたければどうぞ」 いつぞや理佐ときたときは、写真を撮りたそうだった姿を思い出して怜が言った。 「ううん、いい」 理佐が振り返った。 「ねえ、怜、覚えてる?」 「何を」 「いつか二人でボートに乗ったよね。あの夕陽が映えてすごく綺麗だった公園で」 怜はちょっと考えてから、「セビリアのスペイン広場のことか?」 と答えた。 「それそれ! あの時、怜を写真に撮ろうとしてうまくいかなくて、そしたら、怜が言ったでしょ?」 「俺が? 何を?」 「“カメラを持っていなくても写真は撮れる”って」 ……ああ。そういえばそんなことを言ったような気がする。 「あれって、怜のもつビジュアルメモリーの強さのことを言ってたの?」 「……まあね」 確かに、あの時は自分の中に理佐の記憶を留めようと必死だった。 もうおそらく2度と会えないかもしれないと思った愛しい人の姿を。 さりげない所作を。 そのすべてを。
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