アメリカ編: 何度でも

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「あああ、入らない~」 スーツケースの中から衣類を出しては入れ、出しては入れを繰り返す理佐の傍に怜が座った。 「苦戦してるな」 「1か月はいるんだと思うと、いろいろと必要になってくるのよ」 「俺のものはほとんどないから、スーツケース4つ分全部使っていいから」 「ありがとう」 国際線では一人につきスーツケースなどの大きな荷物を二つまでは問題なくチェックインできる。 「わっ、なんだこれ」 隣のカバンからはみ出している棒のような物に怜が(つまづ)きそうになった。 「……フライパン?  こんなものまで持っていくのか?」 「だって怜の部屋、調理器具が全然なかったもの」 アメリカに発つ前に一度だけ入った彼のマンションのキッチンには、本当に最低限のものしかなかったと理佐は記憶している。 「そんなの向こうで買いそろえればいいだろ」 「たった1か月のために?」 「置いとけばまた戻った時に使えるさ」 「でも食器とか割れるものは持っていけないからどのみち向こうで買わざるを得ないし。なんでもかんでも買うのはもったいないから」 「おいおい……」 この人は自分が社長夫人になるかもしれない立場だってのは全く意識にないんだな。 ある意味感心しながらも、怜は理佐の前に膝まづくと彼女の目をまっすぐに見つめた。 「金のことは心配しなくていい。むしろ日本で気に入った物を買いそろえてくれよ。いいモノを見つける目を育てるのもアーティストには大事な事だろ?」 ニヤッと笑って言う怜に、「そ、それもそうだけど」 と理佐は少し焦りながらフライパンを荷物から取り出した。
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