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『色々と本当にありがとうございました』
海沿いのカフェにニコラスを案内しながら、理佐は深く頭を下げた。ジョセフやシンディーたちと何度も来たことがあるお気に入りのカフェだ。
今日はニコラスに伴われて、理佐はMC社の会長と話をしてきた。写真と旅行が趣味だという彼は理佐の作風を気に入り、写真に関してのみならず理佐のスペイン旅行の体験にまで話が及んで盛り上がった。
『よかったよかった。彼とは長い付き合いなんだよ。君たちがこちらに戻ったらまた色々と話を進めよう』
『はい、よろしくお願いします』
長期的に仕事ができそうなクライアントがつくのはとても嬉しいことだ。
『あれ、ここは知ってるぞ』
海岸に面した入り口からカフェに入りかけたニコラスが足を止めた。
『ちょっと内装が変わっているが、ここは以前レイとよく来ていた店だ』
『え、そうなんですか?』
運よく海辺を見渡せる席に案内されて、理佐たちは腰を下ろした。
『ああ。この光景にも見覚えがある。あのくたびれたボート小屋とか。変わっとらんな』
時刻は夕方で、オレンジ色の太陽の光が波間に揺らぎ始めていた。
スケボーを担いだ子供たちがはしゃぎながら目の前を横切って行く。
波打ち際では恋人なのだろうか、手をつないだ男女が先ほどからずっと立ったまま夕陽を見ている。
『以前来てたっていつ頃のことですか?』
『そうだなあ、確かレイがまだ学生だったころじゃないかな』
そうなんだ……。
怜が10年以上も前に見ていた同じ光景を、今、私が見ているんだ。
『お待たせ』
感慨深く海を見つめていた理佐の背中越しに、聞きなれた声が届いた。
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