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「初めまして。永嶺怜と申します」
ポケットに手を差し込んだ怜が、「あ、名刺入れ忘れてきた」 とつぶやいた。
いやいやこの場合はそのほうがよかったと思う。
怜は急いで来たのか、コートの下はYシャツにベストという姿でネクタイもしていなかった。第2ボタンまで外されていて無駄に色気がダダ洩れだ。
「理佐、あの、この方……」
「うん、この人が私のお付き合いしている人」
えええええーーー!!?? と声にならない叫びが母から聞こえてきた気がした。
目も口もさらに大きく開いたまま、再び固まっている。
「あ、あの……」
ご注文は、と蚊の鳴くような声でさっきのウェイトレス嬢が怜の傍に来た。平静を装うとしているけど視線が怜に釘づけだ。
「あ、コーヒーで」
「お昼は? 」
私の質問に彼がこちらを向くとウェイトレス嬢がちょっと残念そうな顔をした。
「会議で弁当が出た」
「会議って10階の?」
「そう」
それだけで重役会議だったのだなとわかる。
「土曜日に? 」
「ん、ちょっと緊急な案件でね」
「そっか。でも明日、一緒にランチするんだよね。時間取れそう?」
「それは大丈夫」
それから怜は母の方を向くと、「これから観劇ですか? 楽しんでください。明日のお昼にまたよろしくお願いします」 と笑顔で言った。
母、ぽーっと口を開けたまま。
「お母さん? 」
「あ、は、はははい。ありがとうございます」
もう、怜と視線があっただけで動転しまくりじゃないの。
でも私の困り顔に気づいたのか、小さく咳払いをして居住まいを正すと、「今日も、あの、お仕事だったのですか? 」 と聞いてきた。
「はい」
「そ、そうなんですか。大変ですね。そういえば理佐も土日によく出ていたわよね」
「まあね」
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