この腕の中に

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「部屋に行こう」 と言うと、怜は返事も聞かずに私の腕を掴んで歩き出し、さっきはその前に立つことすらためらわれた玄関のドアをあっさりと開けた。 待って待って。 そのドアの向こう側には誰かいるんじゃないの? 一歩を踏み出せず躊躇していると、「どうした? 」 と怜が聞いてきた。 「中に入ってしまっていいの? 」 「は? 」   いぶかしげに彼が応じた。 「おうちの方とか、その、」 奥さんは? とは、さすがに聞けない。 「え?  いや、ここには俺一人しか住んでないけど」 えーっ!? よほど意外そうな顔でもしていたのか、「まさか俺が誰かとここで暮らしていると思ってたのか? 」 と彼が苦笑いしながら聞いてきた。 「だって、私がパリに会いに来ることに否定的だったから、もしかしてと思って」 「ああ、そうか」 とまるで独り言のように怜がつぶやいた。 「そういう意味じゃなかったんだ」 「ここにどのくらいいられるのか、自分でもわからなかったからだよ」   そう言って私の肩を優しく押して部屋の中に促した。 そして背後でドアの閉まる音がした。
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