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茉莉花が大学病院へ転院して以来、慎の生活は月の大半は病院と学校、高輪の家で過ごすことに費やされ、青山へ戻る日は週に一回あれば良い方だった。
その数少ない帰宅の日だった。着替えと本を取りに帰った彼を房江が出迎えた。
近頃の慎は妻の前に立つと、緊張感から構えてしまう。
いい、気兼ねすることはない。ここは自分の家だ。
彼は普段通り表玄関から入った。
房江は何があってもなくても変わりなく夫に接する。それが気に障った。
ここは時が止まっている。
慎がいようといなかろうと、茉莉花の病が重くなろうと、きっと変わらない、何も変わらない。
上がり框を踏みしめた足が、いつもより大きく、荒っぽいものになった。一歩一歩踏みしめる足音はどんどんと激していく。まるで慎を煽るようだ。
「どうしたんですか」と房江が後を追う。
妻の問い掛けにもイライラした。
書斎に入り、本を選ぶ。探していた本が見当たらない。最後に入った日から何も変わりないのに、何故か見つけられない。目に入らない。
もういい!
箸にも棒にもかからないような本を掴んで離れを出た。
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