第1章

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場所を移してたんすを開閉した。着替えはいつも同じ所に同じものがきちんとしまわれている。房江はこの家の秩序を守る者だ、常に正しく保たれている。道を外すことはない。 私がいてもいなくても、この家は動いていくのだ、世間の縮図のように。 一方で命を削られ弱っていく者もいるというのに? やりきれない! 「どうなさったんです」 後ろからかけられる声に、慎は振り返らず答える。「茉莉花が病気だ」 「はい。存じています」 「もう長くない」 「それも――お気の毒なことです、あちらの方も大変なことでしょう」 「本気か?」 「はい?」 「本気でそう思うのか」 「……ええ」 「気の毒だと、本気で」 慎は鼻で笑った。夫の乾いた笑い声に房江も顔を強張らせた。 「何をおっしゃりたいのです」 「お前は一度たりとも本音を口にしない女だ。その顔の裏側で何を願っているのだろうな」 「何もありません」 「表も裏もない人間などいるものか」 「――いたとしたら、どうだというのです」 慎の足元で、きりりと床板が軋む。 ああ、ここはいつも板が鳴る。修理させようと通る度思うのに、そのままにしていた。 直す気もなく放置をするから、傷はいつまでも残る。避ける知恵がないから、毎度踏み抜いて気を荒げるのだ。 まるで我々の関係そのままではないか。 不機嫌な雑音は消し去らなければならない!
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