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場所を移してたんすを開閉した。着替えはいつも同じ所に同じものがきちんとしまわれている。房江はこの家の秩序を守る者だ、常に正しく保たれている。道を外すことはない。
私がいてもいなくても、この家は動いていくのだ、世間の縮図のように。
一方で命を削られ弱っていく者もいるというのに?
やりきれない!
「どうなさったんです」
後ろからかけられる声に、慎は振り返らず答える。「茉莉花が病気だ」
「はい。存じています」
「もう長くない」
「それも――お気の毒なことです、あちらの方も大変なことでしょう」
「本気か?」
「はい?」
「本気でそう思うのか」
「……ええ」
「気の毒だと、本気で」
慎は鼻で笑った。夫の乾いた笑い声に房江も顔を強張らせた。
「何をおっしゃりたいのです」
「お前は一度たりとも本音を口にしない女だ。その顔の裏側で何を願っているのだろうな」
「何もありません」
「表も裏もない人間などいるものか」
「――いたとしたら、どうだというのです」
慎の足元で、きりりと床板が軋む。
ああ、ここはいつも板が鳴る。修理させようと通る度思うのに、そのままにしていた。
直す気もなく放置をするから、傷はいつまでも残る。避ける知恵がないから、毎度踏み抜いて気を荒げるのだ。
まるで我々の関係そのままではないか。
不機嫌な雑音は消し去らなければならない!
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