第1章

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人生は先が見えても見えなくても苦しむようにできている! 重い足を引きずり、それでも進んでいかなければならない! 房江を殴った日以降も、慎は相も変わらず青山の自宅に帰宅を続け、何もなかったように家人に接した。当たり前のように繰り返される儀式のように日々出る檻を洗い流し、片付け続ける。 何も変わらない、これからもずっと。 それが慎と房江がお互いに口にせずとも出した答えだった。また結論を先延ばしにしたのは自覚したまま。 慎が繰り返し続けた帰宅を果たしたこの日も抑揚ないまま終わるはずだった。靴を脱いで上がったところで出迎えた人物が違っていたことを除けば。 息子の嫁の加奈江(かなえ)が立っていた。 「お帰りなさいませ」 「房江は」 「お出かけです。すぐにお戻りになるかと」 「そうか。着替えを取りに来たのだが」 「お義母様から伺っています、今取ってきますね」 きびきびと動き、廊下を駆けて行く女の足音は軽やかだ。 広すぎる我が家に人が往来する音を聞くのは久し振りだ。小さく息を吐いた時、とって返した加奈江が鞄を持ってきた。 はい、と差し出された鞄と引き替えに、手持ちの鞄を出す。 「ありがとう、助かる」 慎は一旦上がった玄関口で鞄を下ろし、くるりと三和土に降りる。靴を履き直した時、咳が出た。 「お加減が悪いのではありませんか?」 彼に加奈江は声をかける。 「お茶をお入れしようと思ったのですが、召し上がっていきませんか」 「次の機会にしよう。先を急ぐのだよ」 「お忙しいのですね」 「それもある」 一寸躊躇し、続けた。 「待っている人がいる」
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