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「お悪いのですか」
凜とした声は彼の胸にすとんと落ちる。
君は知っているのか。
加奈江は白鳳大学の学生で、構内で何度も見かけた。教師と生徒として話したことも一度や二度ではない。その時と変わらぬ瞳で慎を見上げる彼女は迷いがない。
「私にできることはありませんか?」
眼鏡の向こうで彼の瞳が揺らぐ。
息子の嫁に何を伝えればよいというのか。
責められるような関係を続けている舅へ、場合によっては姑を裏切るようなことを加奈江は聞いているのだ。
何もないよ、君が心配するようなことは何も。
だから、今私に言ったことは忘れてしまいなさい。
こう返すつもりだったのに、出た言葉は裏腹だった。
「助かる」
何を言っている、私は。
「男手しかないので、困っていたところだ」
止せ、彼女は息子の嫁だぞ。我々の難しい関係に巻き込んでいいはずがない。
「昼間、わずかな時間になりますけど、それでよければ。お話相手になれるでしょうか?」
「君はいいのか」
「何をです?」
「君は、政の嫁だ。房江への立場もある。彼女は――」
舅の愛人だ。
慎は沈黙した。
「政さんに嘘はつけませんけど、お義母様には――やはりお伝えはしません。でも、いつかわかって下さいます。私は良くも悪くもこの家では他人です。だからできることもあるかと」
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