第1章

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「お悪いのですか」 凜とした声は彼の胸にすとんと落ちる。 君は知っているのか。 加奈江は白鳳大学の学生で、構内で何度も見かけた。教師と生徒として話したことも一度や二度ではない。その時と変わらぬ瞳で慎を見上げる彼女は迷いがない。 「私にできることはありませんか?」 眼鏡の向こうで彼の瞳が揺らぐ。 息子の嫁に何を伝えればよいというのか。 責められるような関係を続けている舅へ、場合によっては姑を裏切るようなことを加奈江は聞いているのだ。 何もないよ、君が心配するようなことは何も。 だから、今私に言ったことは忘れてしまいなさい。 こう返すつもりだったのに、出た言葉は裏腹だった。 「助かる」 何を言っている、私は。 「男手しかないので、困っていたところだ」 止せ、彼女は息子の嫁だぞ。我々の難しい関係に巻き込んでいいはずがない。 「昼間、わずかな時間になりますけど、それでよければ。お話相手になれるでしょうか?」 「君はいいのか」 「何をです?」 「君は、政の嫁だ。房江への立場もある。彼女は――」 舅の愛人だ。 慎は沈黙した。 「政さんに嘘はつけませんけど、お義母様には――やはりお伝えはしません。でも、いつかわかって下さいます。私は良くも悪くもこの家では他人です。だからできることもあるかと」
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