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カラカラと軽い音が鳴る玄関の戸を開き、本邸に入ると玄関前の広間にいた人たちの視線が一気に集まる。これだけでも心の弱い人ならば怯んでしまいそうな無言の威圧の中、俺は不機嫌そうな表情を貼り付けて奥へと進む。
「静也様!お待ちしておりました。全く、どのお方も少々話が通じない方ばかりで」
俺に駆け寄ってくるなり早口でまくし立ててきた中年の男は、確かこの男の代で大きく成長した貿易会社の会長で、一族の中でも相当な力をもていた筈だ。
選民思想が強く、差別的だがなまじ能力がある分潰す事も難しいという面倒な人間。そんな奴らにとって俺はいい傀儡なのだろう。
俺を当主に据えて、あわよくば裏から自分に都合のいいように操ってやろうとでも考えているのかもしれない。
だが、こんな風に俺に近づいてくるのはむしろ好都合だ。出来るだけ海の敵となるような人間を炙り出して、最終的には俺と一緒に破滅させて仕舞えばいい。
「仕方のない事だ。無能どもと話すこと自体が無駄というものだろう」
真意を一切表に出さずに、男の喜びそうなことを口に出すと男は一瞬顔を緩ませ、賛同の言葉を募らせる。
これであとは適当に流していれば、勝手に海との対立を煽るような内容になっていくだろう。その証拠に続々と集まってくる対海派の人間の中には、遠回しに海を馬鹿にするような内容も聞こえてくる。
「さて、そろそろ俺は当主に挨拶をしてこなければ。全く面倒な事だがな」
数十分話す中で、適当なタイミングで直接的に当主を軽く見るような発言を混ぜて離席の意を示すと、これには流石に賛同しかねたのか、戸惑うような雰囲気が漂う。
そんな中で、例の貿易会社の会長だけがそう言わずにと宥めつつも当主の挨拶に行くように勧めてくる。そうなるとほかの人々もそれに習うように、当主への挨拶に行かせようと勧めてくる。
やはりあの男は侮れないと頭に片隅で思いつつ、うまく先ほどの輪から抜け出せたことに安堵する。
なんだかんだで話がうまい奴らばかりだから、あれにずっと付き合っていたら日が暮れてしまう。
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