愛される力

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 何が起きたのか、それを理解するまでそう時間はかからなかった。  見ているだけだった野次馬が慌ただしく動き始める。背後で学校の名誉のために説得を続けていた教師が声色を変えて懇願し始める。まるで、ここにいる全ての人間が死んで欲しくないと思い始めたかのように。  まさか、そんなはずはない。あれはイマジナリーな声であって現実ではないのだ。 「いま、助けるからな」  いつの間にか柵を越えていた警官が少女に手を伸ばす。反射的に少女は死への一歩を踏み出した。  ふわっと身体が浮き、やがて重力に引かれて落下する。とてつもない悲鳴がそこら中から響く。目を目を固く閉じて死を待つ。その時だった。  落下が止まった。いや、止められた。驚きに目を開けると、手を伸ばしてきた警官が腕を掴んでいたのだ。まるで、映画のワンシーンのように片手で腕を掴み、もう片手で屋上の縁を掴んでいる。  だがこれは映画ではない。現実だ。二人分の重力を片手で耐え切ることなど不可能だ。警官の手はプルプルと震え始め、やがて重力が二人を死へと誘った。  薄く涙が滲んで霞む反転した景色が突然真っ暗になる。警官が身体を抱きしめていた。地面への衝突の盾になるように姿勢を変えて。
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