プロローグ

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 告げ口する勇気など彼女にはない。告げ口したことを周りが知って虐めが悪化することが怖いから。彼女が下した判断は濡れてしまった便器と床と、落ちた弁当を捨てて教室に戻ることだった。濡れた髪も服もあえて全てを拭かずに彼女は自分の席へと戻る。引っ込み思案な彼女の精一杯の訴えだった。  奇異の視線に晒されながらも彼女は教師がやってくるのをジッと待った。やがて昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、教師がやって来る。 「授業だぞ。私語を止めて席に着け」  教師の一声にひそひそと話す声も、奇異の視線も一旦消える。皆が優等生を演じ始めた。 「さて」  そう口火を切る教師の瞳が教室を見回す。髪も服もびっしょりと濡れた、異常な彼女の姿を教師は確かに二度見した。誰が見ても異変が起きていることは明らかだ。しかし――。 「……始めようか。六十二ページを開いて」  その授業開始の宣告は何よりも残酷だった。異常な彼女の姿を見ても教師は何も言わなかった。腫物のように触れまいとした。虐めを容認したのだ。  もう歯止めは効かない。彼女のさらなる絶望が始まろうとしていた。
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