プロローグ

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「ただいま」  玄関を抜けてきた男と目があった。男は電気をつけて辺りを見回す。震えた声で少女は返事をした。 「お、おか、おかえりなさ……」 「何をしているんだ。晩飯はどうした。風呂はどうした」  少女の声をかき消すように男は言う。問い詰める声は何よりも恐ろしく、虐めなど比ではない。声を出せず少女が首を横に振ると、男は右手を挙げて彼女の頬に打ち付ける。 「うあっ……!」  焼けるような痛みが頬に走る。大人の男による本気の平手打ち。高校生の少女が耐えられるはずもなく、勢いのまま床に倒れた。そこへ男は馬乗りになり、さらに右手を振り上げる。 「なぜやっておかない。時間はあるだろう。なぜやらない。母さんはきちんとやっていたぞ」  まるで打楽器を打ち鳴らすように右を左を、無抵抗の少女の両頬を力任せに叩く。鉄臭い嫌な味が口内に広がる。口のどこかが切れたのだろう。  父親は母親が病気で亡くなってからこうなってしまった。家事をこなせていないと少女に暴力を振るう。もしかしたら気づいていなかっただけで、母の生前も同じだったのかもしれない。
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