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「先野さん、だめですよ、あまり無茶をしては」
もう一人の探偵・三条愛美が、尾行を前に先野の意気込みを察してか釘を刺してきた。二十代後半で、優秀な探偵だった。先野とコンビを組むことがしばしばあり、以前、ヤクザの絡む案件があり、ピンチに陥ったことが三条の頭にあるのだろう。
「だいじょうぶだ。今回はそんな危ない目に遭うことはないだろう」
あのときは危うかった。下手をすればコンクリート詰めにされてしまうところだった。それを指摘されると気まずい先野であったが、しかし今回はそんな心配は不要だ。奈々子が美人局で、背後にヤクザや外国マフィアが存在している、という可能性はなさそうに思える。
尾行は一人では行わない。一人の人間がいつまでも追っていっては怪しまれてしまう。そこで複数の人間を使ってマークするのである。今回は先野と三条の二人だ。三条は他にいくつかの案件を同時に抱えており、この一件にだけ専念できず、ゆえに当案件では先野の補佐である。
日曜日――。
写真を手に、二人はターゲットの住むアパートの見える位置でじっと待った。兄からの情報だと、今日が奈々子とのデートなのだそうである。
依頼者である兄が事前に聞いた情報によると、今日は午前十時に外出の予定らしい。そろそろ十時になろうとしている。
通行人に不審がられないよう立ち話をしているフリをしながら目を凝らして見ていると、アパートのドアが開いた。出てきた男は、間違いなく依頼者の弟――所田明二だ。
先野と三条はお互いに合図もなく、さりげなく張り込み場所から離れる。そして別々の方向に歩き出した。
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