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久しぶりに電話で話した弟は今までにないぐらい陽気で、所田敬一は呆気にとられた。別人かと思うぐらいの、それこそ人が変わったみたいに――。
聞けばカノジョができたのだ、という。二十七歳、これまで恋人はおろかガールフレンド、いや、女性の知り合いさえいなかった弟に、ついに春がやってきたのだ。明るくなるのも無理はない。
だから仕事のついでに弟のアパートへ寄ってみようと思った。
隠居した親父のあとを継いで建築設計事務所を切り盛りしている敬一は、ときどき弟・明二の住む町へ仕事で出ることがあった。しかし、高校を卒業すると同時に家を出て都会で暮らすようになった弟のもとには滅多に近寄らなかった。
陰気で、ギャルゲーに人生を捧げたような部屋は、正直居心地が悪かったのだ。
ところが、恋人ができたのだとなれば、そんな部屋の雰囲気も違っているはずだろうと、そう思ったのだ。
クライアントとの仕事を終え、電車に揺られてたどり着いた駅前は、ごみごみして息苦しかった。昔ながらの雑多な雰囲気のママチャリが行き交う駅前商店街は年末の大売り出しのポスターがあちらこちらに貼ってあり、そこを抜けると下町の住宅密集地が広がっている。
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